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製作費を出資します!ベネチア国際映画祭の新人監督育成プロジェクト(イタリア)

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第72回ベネチア国際映画祭のレッドカーペットは最後の3作に選ばれた『ザ・フィッツ(原題) / The Fits』(アメリカ)のアンナ・ローズ・ホルマー監督や、『ベイビー・バンプ(原題) / Baby Bump』(ポーランド)のクバ・チュカイ監督らと共に歩いた。

【第61回】
 前回はカンヌ国際映画祭の新人監督育成プロジェクトを紹介しましたが、三大映画祭のライバル・ベネチア国際映画祭も実施しています。その名もビエンナーレ・カレッジ・シネマ。長編映画を完成させるという目標は同じでも、システムもサポート体制もだいぶ異なる様子。第3回(2014/2015プロジェクト)に企画が選ばれて、映画『ブランカとギター弾き』(公開中)を完成させた長谷井宏紀監督がリポートします。(取材:中山治美、写真:長谷井宏紀、エモンド・ヨウ、La Biennale di Venezia)

ビエンナーレ・カレッジ・シネマ

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ベネチアが長谷井監督に光を照らす

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ビエンナーレ・カレッジ・シネマの講師や参加者皆での集合写真。長谷井監督は前列左から3人目。

 ビエンナーレ・カレッジ・シネマは、2012年にスタート。書類審査とワークショップを重ね、最終的にイタリアの企画1作と国際プロジェクト2作(共に60分以上で実写・ドキュメンタリー・アニメーション問わず)に対して、製作費最大15万ユーロ(約1,800万円、1ユーロ120円換算)を与えて製作してもらい、翌年のベネチア国際映画祭でお披露目するのが目標だ。

 長谷井監督はフィリピンで撮影予定だった『サニー・ボーイ(原題) / SUNNY BOY』の企画開発中、プロジェクトに参加していたイタリア人プロデューサーのフラミニオ・ザドラ(ファティ・アキン監督『ソウル・キッチン』の共同プロデューサー)からビエンナーレ・カレッジ・シネマの存在を教えてもらったという。

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第72回ベネチア国際映画祭に参加した時にプロデューサーのフラミニオ・ザドラ(写真左端)と一緒に。彼がビエンナーレ・カレッジ・シネマの存在を教えてくれた。

 藁にもすがるような思いでの応募だったという。長谷井監督はフィリピンのストリートチルドレンの日常を捉えたスナップショットで構成した短編『GODOG』(2008)がエミール・クストリッツァ監督主催の映画祭「クステンドルフ国際映画&音楽祭2009」(セルビア)でグランプリを受賞。その時、クストリッツァ監督から「映画を撮るならこのプロデューサーしかいない」と、審査員を務めていたドイツのプロデューサー、カール・バウムガルトナーを紹介してもらったという。

 バウムガルトナーは、クストリッツァ監督『黒猫・白猫』(1998)やキム・ギドク監督『春夏秋冬そして春』(2003)、アキン監督『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014)も手がけた凄腕だ。早速、バウムガルトナーと共にフィリピンが舞台の『サニー・ボーイ(原題) / SUNNY BOY』の準備に入ったものの、2014年3月18日にバウムガルトナーが急逝してしまった(享年65)。企画は中断し、長谷井監督は失意に打ちひしがれた。しかしザドラからバウムガルトナーの遺志に報いるためにも映画を作ろうと説得され、新たな企画『ブランカとギター弾き』を立ち上げてビエンナーレ・カレッジ・シネマに申請したという。

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『ブランカとギター弾き』はシネスイッチ銀座ほか全国順次公開中。UDCastによる音声ガイド付き上映も行っている。(C) 2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

 「合作という形にしていろんな国の助成を探ったが、結局、僕が日本人ということで対象にならないという例が多かった。文化庁が行っている国際共同製作映画支援は、補助対象経費が1億円以上の企画と大作しか受け付けていません。その点、ビエンナーレ・カレッジ・シネマの応募条件は、シノプシス(※あらすじ)1枚(350ワードまたは1,800字以内の英語で)、過去の作品と、あと重要なのはパッション。そこを評価してもらったと思う」(長谷井監督)。

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プロデューサーも一緒に参加

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第72回ベネチア国際映画祭で記者会見を行う長谷井宏紀監督。

 ビエンナーレ・カレッジ・シネマは、イタリア製作と国際プロジェクトでは多少過程が異なり、例年進化もしているが、いずれも製作費を得られる3作に選ばれるまでには段階がある。ここでは長谷井監督が体験した第3回の国際プロジェクトの例を紹介する。

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ビエンナーレ・カレッジ・シネマのワークショップの会場。

 初夏に応募が始まり、ベネチア国際映画祭開催期間中に書類審査で選ばれた12プロジェクト(3つがイタリア。9つが国際プロジェクト)が発表される。選ばれたプロジェクトの監督とプロデューサーは2014年10月にベネチアに招聘(しょうへい)されて、10日間のワークショップに参加する。その際、ビエンナーレ・カレッジ・シネマを主催するベネチア・ビエンナーレ財団向けにプレゼンテーションも行われ、3プロジェクトに絞られる。

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第72回ベネチア国際映画祭では、映画祭の外部団体サレジオ会系の青少年社会文化シネマクラブから贈られるマジック・ランタン賞を受賞した。

 選ばれた3プロジェクトは約1か月の間で脚本を書き上げ、それを持って2015年1月に再びベネチアに飛び、5日間のワークショップに参加し、そこで脚本のブラッシュアップや制作準備や予算概算のチェックを受ける。そのアドバイスを元に、最終的に製作決定の判断を受けたプロジェクトは各自、撮影を開始。2015年7月には完成した作品を映画祭に提出し、2015年の第72回ベネチア国際映画祭(9月2日~12日)での完成披露となる。前回紹介したカンヌ国際映画祭の新人監督育成プロジェクト「シネフォンダシオン・レジデンス」と比較すると随分と実践的かつスケジュールもタイトだが、それが製作費を受け取ることの責任と重さでもあるのだろう。

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第72回ベネチア国際映画祭でマジック・ランタン賞に続いて2冠。こちらも映画祭の外部団体クリティカ・ソチャーレ紙による最優秀外国語映画賞(ソッリーゾ・ディベルソ賞)。

 「僕は映画教育を受けたことがなかったから、めっちゃ楽しかった。一時期、自分は映画監督の才能もなく、辞めた方が良いのかなと考えていたこともあったので、プロジェクトに選ばれたことで勇気ももらったし、何より参加した人たちは、皆、映画だけで生きているような人たちなので、彼らと巡り会えたことも大きかったし、自分も頑張っていこうと思えました」(長谷井監督)。

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ワークショップで企画をブラッシュアップ

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ビエンナーレ・カレッジ・シネマのワークショップの様子。
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『ブランカとギター弾き』のフィリピン・ロケの一コマ。ブランカ役のサイデル・ガブテロの存在が、映画を力強く引っ張る。(C) 2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

 ワークショップの講師は、ベネチア国際映画祭のディレクターであるアルベルト・バルベラを筆頭に、世界を股に映画ビジネスや若手育成に携わっている精鋭たち。彼らや他の参加者を前に、自分がなぜフィリピンを舞台に、ストリートチルドレンの少女と盲目のギター弾きとの出会いを描きたいか、それをどんなエピソードを紡いで一つの物語にするかを説明。そうして彼らのアドバイスを聞くことで、企画を客観視でき、改善点が浮かび上がってきたという。

 「他の企画がアーティスティックで、物語の構造も複雑だったのに対して、僕のはオーソドックスだったので『シンプル過ぎる』とも言われました。でも奇抜な構造にして伝えようとしていることがブレてしまうより直球で良いと思いました。愛することも、愛されることも知らなかった少女がギター弾きと出会って愛を見つけ、二人のストレンジャーが“家族”になる。ある意味、ハリウッド系の王道な構造です。ただ、いただいた意見はなんでも受け入れようという姿勢で参加しました。やはり映画監督はクセのある人が多いので(苦笑)、中には『人の企画にケチつけやがって。やってらんねぇよ』という態度の人もいるワケです。他人の意見に耳を傾けられない人は、最終的に選ばれなかったですね」。

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『ブランカとギター弾き』のスタッフとお揃いのTシャツを着て記念撮影。(C) 2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

 最終の3作品に選ばれた2回目のベネチア招集では、プロデューサーが撮影プランや製作費管理のワークショップを受ける一方で、長谷井監督は脚本や編集のワークショップに参加した。

 「僕自身はそういう脚本は好きではないので書かなかったのですが、ワークショップで徹底的に行われていたのは、説明的なセリフはカットして、映像表現に変換する作業でしょうか。『インフォメーションになってしまうシーンは必要ない』とハッキリ言ってました」(長谷井監督)。撮影OKの許可を得た『ブランカとギター弾き』は、ベネチア・ビエンナーレ財団の出資で、フィリピン・オールロケで撮影が行われた。

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ポスプロは釜山国際映画祭の支援で

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釜山国際映画祭のポスト・プロダクション・ファンドのサポートを受けてソウルの Digital Studio 2L でカラーグレーディングとサウンド・ミキシングを行った。
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『ブランカとギター弾き』のフィリピン・ロケで車での移動シーンを撮影中。長谷井監督もスタッフと一緒にトラックを押している。

 『ブランカとギター弾き』は、ポストプロダクション(編集作業)も国際チームで成り立っている。編集とサウンドデザインは撮影と同じくフィリピンで。カラーグレーディング(映像の色彩補正)とサウンド・ミキシング(複数の音を合成し、調整を行う)は韓国で行っている。後者は釜山国際映画祭(韓国)の支援によるものだ。「ポスト・プロダクションに対する支援を行っているところはなかなかないので、作品の完成度を高めるためにも非常に助かりました」(長谷井監督)。

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『ブランカとギター弾き』のフィリピン・ロケを行う長谷井宏紀監督と主演のサイデル・ガブテロ。サイデルはフィリピンでミュージカル「アニー」にも出演しており、歌う姿をYouTubeで見てブランカ役に抜てきした。(C) 2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

 ビエンナーレ・カレッジ・シネマは、さまざまな助成を行っている団体と提携を結んでおり、釜山国際映画祭もその一つ。その関連で同映画祭が行っているアジアン・シネマ・ファンドのポスト・プロダクション・ファンドに参加した。同ファンドは、サウンド・ミキシングから英語字幕を入れたデジタル・パッケージの作成などが対象となっており、韓国の編集プロダクションがサポートしてくれるという、製作費の限られているプロジェクトには力強い味方だ。

 長谷井監督は2015年に申請を行った結果、ソウルにある Digital Studio 2L の支援を受けることとなった。「韓国の特徴なのか、カラーリストは寒色を入れてきたのですが、もともとフィリピンで編集している時から暖色を使っていたので、暖色に戻してもらいました。結果、温かみのある映像となり、作品にあっていたのではないかと思います。サウンドは5.1chに仕上げてもらったのですが、こうした作業をパソコン上ではなく、映画館での上映を想定しながら大スクリーンで行えたのが良かった」(長谷井監督)。

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第25回ハートランド映画祭ではナラティブ長編映画のファイナリストの5作品のうちの1本に選ばれ、記念のトロフィーを受け取った。グランプリは、米Variety誌が2016年の注目すべき監督に選んだ、『ホーム・ケア(原題) / Home Care』のスラベク・ホラック監督に贈られた。副賞は4万5,000ドル(495万円、1ドル=110円換算)。

 そしてお披露目は、第72回ベネチア国際映画祭で行われた。ベネチア国際映画祭での評判は高く、すでに世界60か所の国際映画祭で上映され、長谷井監督自身も、第20回釜山国際映画祭、台北金馬映画祭2015(台湾)、第25回ハートランド映画祭(アメリカ)、第30回フリブール国際映画祭(スイス=観客賞受賞)、クステンドルフ国際映画&音楽祭2016などに参加している。

 「ベネチアでワークショップに参加し、パリで脚本を書いて、撮影はフィリピン。つくづく映画って旅だなと思います。いろんな国の、いろんな才能に出会って映画を作る喜びもありますし、映画は集団の芸術というように、それだけ可能性も広がる。これこそ映画の醍醐味だと思います。ビエンナーレ・カレッジ・シネマで出会った人たちとは今も繋がっているので、今後も僕の作品を応援してくれると思う」(長谷井監督)。

 長谷井監督は現在、新たな脚本を執筆しているという。次のプロジェクトもルーマニアが舞台。長谷井監督の旅は、まだまだ続きそうだ。

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ワークショップは孤島で

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冬のベネチアは霧に覆われて幻想的な雰囲気になる。

 ビエンナーレ・カレッジ・シネマの開催場所は、ベネチア国際映画祭の会場となるリド島から船で約10分のサン・セルヴォーロ島。エコノミーだが渡航費用も支給され、ほぼセントロ・ソッジョルノ・サン・セルヴォーロ・ホテルしかない小さな島に滞在しながら集中的にワークショップを受けることとなる。

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ビエンナーレ・カレッジ・シネマの開催場所であるサン・セルヴォーロ島。ワークショップ中はこの孤島でほぼ軟禁生活となるが、衣食住完備で映画作りに集中できる快適な環境。何より絵のような美しい風景を毎日堪能できる。

 「ヴァポレット(ベネチアの島間を移動する定期船)のフリーパスも支給されるので、ベネチア本島を観光することも可能です。ワークショップ開催時期は冬なので観光客も少なく、霧に覆われたベネチアは幻想的で最高です。ベネチアの冬の名物アクアアルタ(潮の影響で水位が上がり、街が海に沈む現象)も体験しました。何より僕にとっては、映画監督としての再スタートを切った場所なので、思い出深い街となりました」(長谷井監督)。

 ちなみにベネチア・ビエンナーレ財団では映画のみならず、音楽、演劇、ダンスの分野でもカレッジを行っている。また2016年からはVR(バーチャル・リアリティ)のセクションも新たに設けた。観光業だけでないベネチアの、古からの文化や流行を発信する場としての取り組みにも注目したい。

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長谷井監督のプレゼンテーションの様子

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