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ベストセラー小説の映画化、成功のカギは?

今週のクローズアップ

 漫画や小説の映画化作品は数あれど、時に奇跡のようなマッチングを見せることがある。成功のカギはどこにあるのか? ロングランヒットを記録した『勝手にふるえてろ』に続いて、2度目の綿矢りさ作品の映画化に挑んだ大九明子監督にインタビュー。小説を「再現しようとしないこと」が重要だという大九監督が、その真意を語った(数字は興行通信社・日本映画製作者連盟調べ)。(取材・文:編集部 石井百合子)

綿矢りさ×大九明子監督『勝手にふるえてろ』『私をくいとめて』

 2017年公開の『勝手にふるえてろ』は、メイン館となる新宿シネマカリテで歴代ナンバーワンの興行収入を記録した。主演の松岡茉優は日本映画プロフェッショナル大賞、TAMA映画賞など賞レースを席巻しブレイク。大九監督のキャリアにおいても転機となった本作に続いて、新作『私をくいとめて』で2度目の綿矢作品の映画化に挑んだ。

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原作への愛が深い!映画化が決まる前に脚本を執筆

私をくいとめて
『私をくいとめて』(12月18日公開)(C) 2020『私をくいとめて』製作委員会

 『勝手にふるえてろ』が大ヒットするも、その頃には再び綿矢作品に挑む考えはなかったという大九監督。しかし、撮影が終わるころから幾人にも「私をくいとめて」が面白いと勧められ、読むなりシナリオを執筆する衝動に駆られた。いずれも脚本を兼任しているのは、原作を読んでいる段階ですでに脳内で映像に変換されていたからだという。

 「『勝手にふるえてろ』も、一読してすぐに書きたいと思いました。例えば、(映画オリジナルの)どんでん返しの展開なんかは見えているのは自分だけだったので。あれはもう『取りつかれちゃった』状態というか、ああいう読書体験も初めてでしたね。綿矢さんとの作品は楽しかったですけど、すぐに別の作品をというつもりはまったくなくて。でもいろんな人から『綿矢さんの新作読みました?』と言われて。『私をくいとめて』では脳内に話し相手がいてしゃべりまくっていると聞いて、綿矢さんとわたしの思考回路がシンクロしたのかしら、とうれしくなって読ませていただきました。読み進めているうちに『誰かが映画化すると言い出したとして、どんな映画になるんだろう』と思い始めて、気付いたらシナリオを書き始めていました(笑)。それを日活のプロデューサーにプレゼンして、撮ることになりました」

私をくいとめて
恋の相手・多田くんを演じるのは林遣都

 小説のヒロインは、脳内の相談役「A」にアドバイスを得ながら生活する31歳の独身女性・黒田みつ子。演じるのは、実写映画では6年ぶりの主役となるのん。みつ子が思いがけず訪れた年下の男性・多田くん(林遣都)との恋に四苦八苦する、というのがストーリーの軸だが、大九監督にとってみつ子が脳内の相談役と対話する様子がたまらなくおかしかったようで、創作欲を刺激されたという。

 「ツッコミながら読んでいました(笑)。みつ子はAが自分だとわかっているにもかかわらず、うまくいかないことがあるとAのせいにしたりしていて、面白い人だなあと。『自分のことのくせに』『かわいい』『素晴らしい!』とか、つい書き込んでしまいました。書き込むのは映画の仕事をするようになってからの癖で。特にシナリオにするときには自分がどこに心を動かされたのか、というのを忘れないようにと書き留めています」

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明確にあった映像としてのイメージ

私をくいとめて
メイキングより。大九明子監督とのん

 「私をくいとめて」の小説を読んだ際に「色があふれていると感じたのは初めての体験」と語る大九監督。劇中、飛行機が苦手な主人公がイタリアにいる親友に会うため飛行機に乗って、パニックに陥る描写があるが、そこにはユニークな仕掛けが用意されている。

 「みつ子がイタリアに住んでいる親友からもらったリモンチェッロ(イタリアのレモンリキュール)だったり、みつ子の下着が派手な設定だったり、脳内の相談役『A』とのインテリアを巡る対話だったり。そういう描写に刺激されながら読んでいって、それがスパークしたのが機内で恐怖に追いつめられるところ。大滝詠一さんの『君は天然色』の歌詞がまるごと出てくるんですよね。それを読んだときにもう脳内が色だらけの状態で、すごく感動したんです」

映画化において大切なこと

私をくいとめて
橋本愛演じるヒロインの親友・皐月には妊娠中という設定がプラスされている

 『勝手にふるえてろ』と同様、『私をくいとめて』もまた大九監督ならではのアレンジが見ものだ。『勝手にふるえてろ』では主人公のモノローグで展開するストーリーを、登場人物を増やすことで会話劇に。『私をくいとめて』では、例えば橋本愛演じるみつ子の親友・皐月は、結婚してイタリアにいる設定は小説と同じだが、映画では妊娠中という要素が加えられた。

 「みつ子をできるだけいろんなタイプの女性に出会わせて、どういうリアクションをするのかを試してみたい、見てみたいと思いました。大親友だと思っていた人が海外に行った時点で少し裏切られた気持ちになっていたんだけど、ようやくものすごい苦労をして会いに行ったら予想外の展開になっていた……。となったときに、どういう顔をするかなと。祝っていない気持ちは全くないんだけれど、とっさにどう思うだろうと。同じく、(片桐はいり演じるみつ子の上司)澤田さんも小説には出てこないですけど、みつ子が後輩に対して何かしてあげたかったのにできなかったという感情を持つように、先輩もまたみつ子に優しいまなざしを向けていることに気付けるかなと。その一方で、完成された大人の女性をやっかみの対象として見るところもあるだろうなと。素晴らしい先輩だと思っているし、シンプルに好きなんだけどつい自分の立ち位置と比べてしまって『どうせ自分は凡人だから』と、どこか歓迎していない自分がいたり」

私をくいとめて
大九監督作品の常連である片桐はいりが、ヒロインの上司でバリキャリの澤田さんを好演

 そして、のんの真骨頂ともいえる演技が見られるのが、温泉宿でのシーン。のんびりしているように見えたみつ子が、ある不愉快な光景を目にしたことで人が変わったような顔つきになる。「小説では中年タレントがふざけて中学生の女の子の指を舐めたときに、みつ子が口を出してあげられなかったということで苛烈な思いにかられて苦しくなるという描写だったと思いますけど、プロデューサーから『どぎつい描写はやめたい』と言われたんですね。だったらわたしらしい表現って何かなと考えて、女性芸人、女性監督など、当たり前のように職業に性をつけられてしまうイライラを表現してみようと」

 大九監督が映画化にあたって自身に課しているのが「再現するようなことはしない」こと。その意図をこう語る。「例えば登場人物の髪型が『短髪』と書かれていた場合、短髪にしなくてはならないという風には思わないようにしていて。人物の行動や性格を分析したうえで、どういう髪型、服装をしているのか、どういう趣味をもっているのか、といったことを自分の中で考え直して設定するようにしています。原作の面白いと思ったところを自分のフィルターを通してもう一度作る、と考えたときに、再現にとどめるというのは違うのではないかと思うんです」

 ちなみに、大九監督が幼少期に初めてハマった小説は星新一作品で、星さんが亡くなったときに葬式に駆け付けるほどの大ファンだった。星作品をはじめ、「平易な言葉で難しい言葉を使わず、だけどすごく洗練されていて尖っていたり柔らかかったり、いろいろな美しい言葉を短く並べている」のが好きな小説の共通項だという。

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<ベストセラー小説の映画化成功例>

 綿矢りさ原作・大九明子監督のように抜群の相性をみせ、ヒット作&話題作を生んだ稀代の名コンビは続々。その一例を紹介する。

塩田武士×土井裕泰監督『罪の声』

罪の声
『罪の声』より(上映中)(C) 2020 映画「罪の声」製作委員会

 かつて日本を震撼させた昭和の未解決事件モチーフにした塩田武士のミステリー小説を、「逃げるは恥だが役に立つ」「MIU404」などの野木亜紀子の脚本を得て、「空飛ぶ広報室」「重版出来!」などで野木と度々組んできた土井裕泰監督が映画化。初日から3日間で動員20万人、興収2億5,800万円を記録。「映画では初共演」として注目されていた小栗旬星野源のみならず、宇野祥平篠原ゆき子ら脇を固める俳優陣の熱演も「泣ける」と話題を呼んだ。

吉田修一×李相日監督『悪人』『怒り』

悪人
「『悪人』スタンダード・エディション」DVD(3,800円+税)発売中 発売元:アミューズソフト 販売元:東宝 (C)2010「悪人」製作委員会

 『悪人』(2010)は19億8,000万円、『怒り』(2016)は16億1,000万円の興行収入を記録。『悪人』は九州のとある峠で起きた殺人事件の行方と、出会い系サイトで出会った男女の逃避行を描いたサスペンスで、主演の妻夫木聡が日本アカデミー賞などその年の主演男優賞を総なめに。自身の転機となった作品と度々発言しており、同原作者と再び組んだ『怒り』では綾野剛と共に同性愛者にふんし高い評価を受けた。八王子で起きた凄惨(せいさん)な殺人事件の顛末を描く群像ミステリー『怒り』では宮崎あおいが7キロ増量、広瀬すずがイメージを覆す難役に挑むなど、スパルタ演出で知られる李相日監督が各役者の新境地を切り開いた。

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池井戸潤×福澤克雄監督『七つの会議』

七つの会議
「七つの会議 通常版DVD」(3,800円+税)発売中 発売元:TBS 販売元:TCエンタテインメント (C)2019映画「七つの会議」製作委員会

 TBSの日曜劇場枠で数々の池井戸潤作品の演出を手掛けてきた福澤克雄監督。社会現象を巻き起こした「半沢直樹」(2013・2020)をはじめ、「ルーズヴェルト・ゲーム」(2014)、「下町ロケット」(2015・2018)、「陸王」(2017)、「ノーサイド・ゲーム」(2019)などがあり、鉄板コンビと言える。『七つの会議』(2018)は野村萬斎が初のサラリーマン役に挑んだほか、香川照之及川光博片岡愛之助ら「半沢直樹」組キャストが多数出演し、「半沢直樹」を彷彿させる熱い演技バトルを展開。興行収入21億6,000万円を記録した。

伊坂幸太郎×中村義洋監督『アヒルと鴨のコインロッカー』『フィッシュストーリー』『ゴールデンスランバー』『ポテチ』

アヒルと鴨のコインロッカー
「アヒルと鴨のコインロッカー」DVD(4,700円+税)発売中 発売・販売元:アミューズソフト(C)2006「アヒルと鴨のコインロッカー」製作委員会

 どんでん返しがあるため映像化困難とされた『アヒルと鴨のコインロッカー』(2006)では、中村義洋監督が新人監督に贈られる「新藤兼人賞」2007年度の金賞を受賞。堺雅人が首相暗殺事件の犯人に仕立て上げられた主人公を熱演した『ゴールデンスランバー』(2009)は11億5,000万円の興行収入を記録し、韓国でもカン・ドンウォン主演で映画化された。『ポテチ』(2012)は伊坂幸太郎本人が中村監督に映画化を提案した。なお、濱田岳は4作すべてに出演しており、『アヒルと鴨のコインロッカー』『ポテチ』では主演を務めている。

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湊かなえ×中島哲也監督『告白』

告白
「告白 DVD特別価格版」(2,800円+税)発売中 発売・販売元:東宝 (C)2010「告白」製作委員会

 湊かなえ作品の映画化はこれが初。中学校の終業式の日、教壇に立った教師が自分の娘がクラスの生徒に殺されたと告白する衝撃的な導入が特徴。2010年6月に公開され、少年犯罪やいじめなど過激な内容からR15+指定を受けながら、興行収入38億5,000万円の大ヒットを記録した。笑顔を封印した松たか子の演技が話題に。中島哲也監督は日本アカデミー賞で監督賞&脚本賞、報知映画賞で監督賞を受賞し、第83回アカデミー賞において外国語映画賞のノミネート最終候補となる9作品に残った。本作のヒットを皮切りに湊作品の映画化が相次ぎ、『北のカナリアたち』(2012)、『白ゆき姫殺人事件』(2014)、『少女』(2016)などが公開されている。

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